2日後パリに行ってきます。
パリといえば芸術の都。
僕の好きな高村光太郎も岡本太郎もパリで学んだのです。
現在ドイツに住んでいるのに、日本人ばかりとつるんでいる自分を変えて、世界と広く繋がりたいと思う今日この頃ですが、何をするわけでもなく、ただ本を読み、インターネットでニュースを読み、娯楽をむさぼり、受動的な生活に陥っている現状を変えてゆきたいのです。
だからパリに行く、というとその無計画さとか、変な焦燥感とか、結局何かにすがるような姿勢が面白いんですけど、残念ながら仕事です。
それでも何かを探して来たいと思います。
パリといえば、エッフェル塔や凱旋門が有名ですが、どちらかというと、美術館やファッションブランドの方が見たいし、いい感じのカフェとバーに一軒ずつでも行けたら幸いです。
高村光太郎の詩
パリ
私はパリで大人になつた。
はじめて異性に触れたのもパリ。
はじめて魂の解放を得たのもパリ。
パリは珍しくもないやうな顔をして
人類のどんな種属をもうけ入れる。
思考のどんな系譜をも拒まない。
美のどんな異質をも枯らさない。
良も不良も新も旧も低いも高いも、
凡そ人間の範疇にあるものは同居させ、
必然な事物の自浄作用にあとはまかせる。
パリの魅力は人をつかむ。
人はパリで息がつける。
近代はパリで起り、
美はパリで醇熟し萌芽し、
頭脳の新細胞はパリで生れる。
フランスがフランスを超えて存在する
この底無しの世界の都の一隅にいて、
私は時に国籍を忘れた。
故郷は遠く小さくけちくさく、
うるさい田舎のやうだつた。
私はパリではじめて彫刻を悟り、
詩の真実に開眼され、
そこの庶民の一人一人に
文化のいはれをみてとつた。
悲しい思で是非もなく、
比べやうもない落差を感じた。
日本の事物国柄の一切を
なつかしみながら否定した。
この詩は、自分の育った世界の小ささを実感した、という海外在住経験のある人なら多かれ少なかれ誰もが感じる感覚なのだと思う。
高村光太郎はパリに行ったときはまだ20代だった。
「日本の事物国柄の一切をなつかしみながら否定した」と書いているが、ただの批判で終わらずに、帰国してから既存の画壇にケンカを売るような記事を書きまくって現状を変えようとした光太郎の姿を見習いたいものだ。
パリ、パリサンジェルマン……サッカーかあ、相変わらず貧弱な想像力
お久しぶりです煤。お元気そうで何より
mtnrtkhrさんの文章で、今度はこちらが変な焦燥感に駆られてしまいました。娯楽がほぼ無尽蔵にある現代、受け手に回るのに慣れるとやっぱりいかんですね。痛感中です
それではパリでいいもの見つけられますよう、お祈り申し上げます
あ、お気をつけて!
投稿情報: 煤 | 2009/11/01 23:11
いつもコメントありがとうございます。
娯楽の魅力はやばいですよね。日本にいたときは、くだらないものでもものづくりが楽しかったんですけど、最近は創造性に欠ける生活です。
あ、でもこうして文章を書くことは、そういう受動的生活から抜ける一つのチャンスになるかもしれませんね。
まずはパリで芸術的な写真撮ってきます!
投稿情報: MTSNRTKHR | 2009/11/02 00:09